デカスプロジェクトに採択された受賞者へ、デカスを通してどのような経験を積み、その後の活動につながっているのかをお聞きしました。今回インタビューをお願いしたのは、2014年に「足助ゴエンナーレ」でデカス大賞を受賞したオオノユキコさん。かつて高級料亭だった建物を会場に、アーティストの作品展示やまちの職人さんが講師をつとめたワークショップ、地元商店とアーティストによるコラボ商品の開発など、まちの人々を巻き込んだアートイベントを実現させました。2015年以降も継続して豊田市足助町でのアートプロジェクトを実施し、足助にアートという新風を吹き込みました。現在はアートプロデューサーとして東海地区を拠点にご活躍されているオオノさんに、アートに関わるようになったきっかけや、デカスとの出会い、「足助ゴエンナーレ」での経験をお伺いしました。
広告業界でCMプランナーとしてキャリアを積んでいたオオノさんは、職業柄アートへの興味関心があったことから、2010年より小牧市で開講されていたアートマネジメント講座に参加します。3年間の講座の全てに参加したオオノさんは、「何もわからなくて手探り状態だったけど、とにかくやらなきゃって」と無我夢中で取り組んだ講座の実践編を通して、アートマネジメントの姿をおぼろげに掴みます。「でも、講座は音楽とか演劇など舞台芸術の傾向が強く、やっぱりアートに関連したプロジェクトをやってみたい」と思ったオオノさんは、小牧市にあった常懐荘(*1)を舞台にした「常懐荘アートマルシェ」を企画します。
「アートと関わりがなかったから知り合いもいなくて、ギャラリーとかで展示をみるたびに、そこにアーティストの人がいたら声をかけて参加してくれる人を集めました。訪れた人には常懐荘の建物、空間、時間を楽しんでもらいたいという思いがあったので、居心地よく過ごせるようにサロンを絶対つくろうと思って、小牧の講座で一緒だった参加者の人に声をかけたり、学生ボランティアにも協力をお願いして、お茶を飲んで落ち着ける空間やショップも用意しました。」
初めて自分一人で企画するアートプロジェクトだったにも関わらず、作品展示だけでなく、サロンやショップの併設、音楽や詩の朗読のライブイベントなど多様な展開をしたプロジェクトでした。「手伝ってくれた人や見に来てくれた人にはすごく良かったねって言われて、評判もすごくよかったけど、個人的には達成感はあまりなかったんです。作品を展示したアーティストの人は満足したんだろうかって思って。空間への意識が強かったので、展示として成功していたかどうかはわからなかった。」と振り返ります。
この時に、たまたま「常懐荘アートマルシェ」に訪れていたデカスプロジェクトの関係者から声をかけられ、デカスの存在を知ります。「デカスがはじまったばかりのころで、全然知られてない時期でした。豊田市で実施するという条件だったので、ほぼ接点がない自分にできるだろうかという気持ちもありましたが、改めてアーティストが満足できる、参加して良かったと思ってもらえるプロジェクトができればと思いました。」とデカスへ応募することを決めます。この時に企画した「足助ゴエンナーレ」が2014年の大賞を受賞しました。
豊田市足助町(以下、足助)は、重要伝統的建造物群保存地区に指定された歴史ある街並みが特徴的です。香嵐渓の紅葉など行楽地としての印象が強かったというオオノさんは、あらためて足助のまちを歩いた時にその「奇妙さ」に強烈に惹かれたと言います。例えば、人が少ないことや高い建物や電線がなく視界が開けていること、山が近いこと、人も動物もどこか遅くゆったりとした時間で動いていることなどに興味を持ちました。
「とくに路地が素敵だったんです。足助は全体的に斜面にあって、建物や道とかもその傾斜に沿ってできているんですね。1階から入ったと思ったら、いつのまにか地階になってたりとか。路地もただの細い道じゃなくて段差があったり。川沿いにびっしり家が並んでいるところに細い路地が走っていて。現実の世界じゃないというか、現代からタイムスリップしてしまった感覚で、すっごく面白いと思いました。」
オオノさんは、自分が感じた「奇妙さ」を紹介するためには、単純な作品展示では十分でないと考え、企画当初からまちの人を巻き込むことをずっと考えていたと言います。足助を散策した際、狭い範囲に和菓子屋が複数あることに気づき、アーティストとのコラボレーションによる商品開発も早い段階で想定していました。商店の旦那衆や地域の人々に協力をお願いするため働きかける中で、「足助が面白い!」というオオノさんの気持ちに共感が集まり、足助のためにやってみたい、足助で面白そうなことが始まるなら協力したい、とワクワクした気持ちも伴って、足助のために活動する動きが次第に盛り上がり、まちの人々を巻き込んだアートプロジェクトになっていきました。会場となった「寿ゞ家」(*2)と、建物を管理をしていた天野博之さん(「地域人文化学研究所」代表、豊田市職員、「寿ゞ家再生プロジェクト」など地域の資源を活用したまちづくりに携わる)と出会えたことも大きかったと振り返ります。天野さんという地域に根ざした活動をされている方を介して、まちの人々とつながることができました。
さらに、デカスで採択されたこともいい影響を及ぼしました。「足助には縁もゆかりもなくて、アートの仕事をしているわけでもなかったので、プロジェクトの話をしても、よくわからないとかこの人は誰なんだろうと、戸惑われることもあったんです。でも、デカスの名前を出して豊田市が関わっている公共的な活動だとわかると、最初のハードルを超えやすくなりました。」
2014年に続き、2015年、2016年にも「足助ゴエンナーレ」を実施し、2017年と2018年には少し形を変えてプロジェクトを実施しました。2017年には「足助deハイクスール」というタイトルで、足助資料館で出会った句集をきっかけに、足助高校を舞台に俳句をテーマにした授業形式のイベントを開催しました。2018年には「足助ゴエンナーレ 足助的芸術界隈」で再びデカス大賞を受賞します。過去3回の「足助ゴエンナーレ」では旧料亭・寿ゞ家を舞台にしていましたが、まちなか全体で展開したいと考え、数軒の空き家に会場を広げました。“迷ってほしいMAPです”(足助ゴエンナーレHPより)と案内される地図(画像)には、会場以外にもカフェや商店の情報、「おすすめ珍」と名付けられたちょっと面白い、特徴的なまち並みの風景なども紹介されています。足助と出会った当初に感じた「奇妙さ」を前面に押し出した集大成とも言えるプロジェクトになりました。
現在オオノさんは名古屋市の白鳥庭園のプロジェクトや、アート鑑賞に取り組む団体の運営に携わるなど、活動の場所をさらに広げ続けています。どのプロジェクトも、様々な立場の人が多く関わっています。参加作家であったり、事務方であったり、ボランティアであったり関わり方も様々ですが、多様な人たちが関わることでプロジェクトの可能性が広がっていくことを大事にしていると言います。
「たまたまが重なって、私って本当に運がいいなと思ってます。常懐荘のときも、あっという間に実現できる道筋ができたし、足助では、アートってなに?って思っているような人が多かったけど、作家とのコラボ商品の開発からはじまって、ワークショップをやってもらううちに、積極的に面白がってくれて、ついには足助ならではのインスタレーション作品を展示・実演してくれたりもした。職人や商人でもあるまちの人たちが実行側になってくれたことで、足助ゴエンナーレの幅が広がって充実しました。若手の作家中心に声かけしたことで、積極的にまちと関わりを持ってくれたことも大きいと思います。はじめからまちの人たちを巻き込みたいと思っていたけど、それが1回目、2回目と継続していく中でより大きな輪と渦になっていった感じです。」
インタビュー全体を通して端々に、オオノさんが人との繋がりが生む可能性に大きな期待を寄せていることが感じられました。常懐荘でのプロジェクトや「足助ゴエンナーレ」での経験を通して、人と人との繋がりが生む大きなエネルギーの面白さや可能性の大きさがオオノさんの中に確信としてかたちになっているように思いました。
インタビューの最後に、アートプロジェクトに関わることの面白さや、経験を通した気づき、そしてデカスへの期待についてお伺いしました。デカスへ応募を検討している人へのアドバイスにもなる話をお聞きすることができました。
「アートマネジメント講座での実践編は手探りの状態でした。やる時期は決まっているけど、やることは霧の中というか、どんな結果になるのか未知数でした。そんな中で進めていくのは本当に大変だし、関わる人も多いので、それぞれの立場でいろんな困難があって、トラブルも少なくなかった。でも、辿り着いた先には思った以上の達成感や、イベントにきてくれた人の満足感があって、すごく魅力的な体験ができたと思いました。「足助ゴエンナーレ」も同じです。自分がやりたいことがあって、実現するための最低限のラインはあったけど、まちの人たちを巻き込んだり、あるいはスタッフとして色々な人が加わっていくなかで、もっとこれができる、これをやりたいと広がっていって、最終的には想像もしていなかったようなかたちになりました。
デカスのユニークな点は、絶対成功するアイディアを選ぶ公募事業ではないということです。もちろん、実現できる算段は必要ですが、私がデカスの応援で地元の人たちの協力を得たことで足助ゴエンナーレの展開が広がったように、自分が想定した以上の規模やかたちになることを期待して、思い切って踏み出すチャンスをつくってくれる事業だと思います。これからも、ワクワクするような企画を実現する人が出てくるといいなと思っています。」
オオノさんのお話からは、オオノさん自身がアートプロジェクトの経験を積むだけでなく、足助のまちの人々にとってもアートとの出会いをきっかけに、まちだけでなく自分自身の持つ魅力や可能性を新しく発見することにつながっていたこともわかりました。デカスによって背中を押されることで、豊田市の様々な地域でアートとの出会いが生まれ、そこに暮らす人々の世界が広がっていく、そんな事例として「足助ゴエンナーレ」についてお話をお伺いできたことはとても貴重な時間となりました。
*1 常懐荘(じょうかいそう)…小牧市出身の教育者・竹内禅扣(ぜんこう/1877年~1935年、愛知産業大学の礎を築く)の私邸。1933年(昭和8年)に建てられた。2019年に解体され、現在一部が愛知産業大学に保存されている。
*2 寿ゞ家(すずや)…江戸時代後期に旅館としてはじまり、明治・大正期に料亭に移行し、格式の高い高級料亭として名を馳せた。現在の建物は1924年(大正13年)に建てられたもので、傾斜地を利用した三段構造がユニーク。1983年に廃業したのち、20年以上放置されていたが天野さんの尽力により継承と再生が意識されるようになり、2013年に「寿ゞ家再生プロジェクト」がスタート。現在はその魅力的な建築や歴史を活かし、足助の文化芸術拠点となっている。
ゴエンナーレHP
https://www.goennale.com
足助ゴエンナーレ*ページ下部に報告書掲載あり
https://asukegoen.jimdofree.com
常懐荘アートマルシェ
https://jokaiso-artmarche.jimdofree.com
Interviewee オオノユキコ(アートプロデューサー、ゴエンナーレ主宰)
Interviewer/Report 松村淳子(アートエデュケーター、アートプログラムユニット「フジマツ」メンバー)
インタビュー実施日 2025年5月12日、対面(アートラボあいちにて)